ブログ・日記

  • 2019.01.06明けましておめでとうございます

    平安神宮でおみくじを引きました。二十二番「吉」でした。書かれていた歌は、「みな人の祈るこころもことわりに背かぬ道を神や受くらむ」でした。この歌の意味は、「様々な人が色々な願いや祈りをするけれど、神様は誠の道に違わぬ事のみをお聞き届けくださる」という事です。誠を歩けということです。
    人の希望、願望は果てのないものですね。神様にお祈りする時も種々祈願しますが、それが誠という天の理(条理・道理)、地の理、神様の御心に叶わなければお聞き届け頂けないのです。私利私欲に囚われているからです。自己中な考えではだめだという事です。
    常に心を清く、行いを正しくすれば、神様のご加護をいただけるということを肝に銘じて新たな1年を過ごしましょう。
    自分の好き嫌いではなく、人間として何が大切かを理性的に、知性的に判断し、実行すること・・・これは、「ケジメ」の概念です。相手の希望を読み取り、皆様に喜んでいただける様に先手を打って心づくしをすること・・・これは、「心配り」の概念です。
    「ケジメ」と「心配り」は、マナーの2本柱です。マナーを実践すると願いが叶えられるということでしょうね。相手を大事にする生き方を実践してくださいね。あなたの希望が叶います。

  • ブログ・日記2018.12.13和のよそおい美のしきたりパート2

    私の仕事は講師業ですから、色々な分野で、色々な人に役に立つ情報を伝えています。そ
    の中の1つ、京都の短期大学で「和のよそおい美のしきたり」という教科を担当しています。
    和と美がテーマの伝統ある短期大学ですので、とても名誉なことであり、しきたりを重んじ
    た、凛とした雰囲気を目標にしました。
    実は、3年位前に、京都の専門学校で「京都文化論」を担当したことがあります。このテ
    ーマを進化させて喜んでもらえる内容にしたいと思っていたのですが、1回きりで私の願
    いは叶いませんでした。リベンジということもあり、「やった!」という気持ちで承諾しま
    した。来年も担当することが決まっています。
    後2回で15回のカリキュラムが終了します。現場は厳しく、知識の不足から、“七転八
    倒”、必死で勉強に勤しむ日々を過ごしました。心の支えは、私には“持って来い”のテー
    マだと信じているからです。
    三歳の時から祖父に歌舞伎を習い、歌舞伎役者になる登竜門の子役、千松・三吉(共に主
    役)を演じていました。その頃の私の付き人であった祖母は、祇園の舞妓だったこともあり、
    三味線を弾き、小唄や端唄(梅にも春)を歌っていました。祖母の実家である祇園のお茶屋
    の風情を知っていること、祖父の代から友禅染の染屋で、着物文化に慣れ親しんでいたこと
    など、“好きこそものの上手慣れ”興味関心が半端でないということです。
    しかし、知識不足は大問題で、奥が深く、窓口が広い、誇りある文化を若い生徒さんたち
    にどのように伝えていくか・・・“七転び八起き”後期の授業が始まって、悩み、苦しみまし
    た。有り難い事ですが、一番勉強したのはこの私です。これからも勉強し続けます。
    今年も押し迫っていますが、「花見について」をご紹介します。花見の由来は、現在のよ
    うな「花を愛でる」ということではなく、古くは農耕の仕事がはじまる前の「物忌み」の目
    的があったのです。「物忌み」とは、神事などのために、ある期間飲食などを慎み、沐浴を
    するなどして心身のけがれ(穢れ)を除くことです。大事な仕事はじめに野山に皆で出かけ、
    花を見て邪気祓いをしたのです。
    神話の木花咲耶姫(このはさくやびめ)の花は桜だという説があるそうです。ロマンを感
    じますね。この姫君の殿方が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)です。お名前を板書するのも大変
    です。天照大神の孫で、天照大神から命を受けられ「瑞穂の国(日本)が神意によって稲が
    豊かに実り、栄える国であるように(日本国の美称)」ということでした。
    この授業を通して、私は「邪気祓い」にとても興味を持ちました。「穢れを清める」生徒
    さんが私の授業を聞いて、眠たそうにしていると、「邪気をお祓いしてね」と笑わせていま
    す。でも、邪念があると人生はどこかで破綻しますね。
    随分前ですが、研修の一環で伊勢神宮の近くの五十鈴川に禊をしたことがあります。自分
    が清められたような、とても新たな心を取り戻せたように感じました。その頃、思春期だっ
    た悩み多き愚息と共に参加した3日間の研修で、親子で禊を経験したことは、最高の思い出
    になっています。今日は彼の誕生日です。会社の命を受けて、東京、名古屋、三田、そして
    広島と自分の使命を全うすべく元気で努力しています。
    気分を変える、お正月、新しい年がやって来ますが、すすはらいをして、どんど焼きをし
    て、しめ飾りをして、和の心を尊び自分なりの決めごとを儀式から学び、習慣づけていきた
    いと心新たに決意しています。盛り塩は、もう30年以上、月初めの1日に念じて玄関に供
    えています。高野山の槙は、邪気を払うということで、毎月21日、弘法さんに買いに出か
    け、私の部屋で花瓶の清い水で青々と生きています。

  • ブログ・日記2018.12.13和のよそおい美のしきたりパート1

    皆様、お元気でいらっしゃいますか?ご無沙汰しております。2018年の9月からの短期
    大学の後期の授業がとてもエキサイティングで、あっと言う間に12月です。大変失礼いた
    しました。大学で担当している「接遇マナー」や「しぐさの美学」は、もう5年目ですが、
    「和のよそおいと美のしきたり」は、初めて担当する講義でした。後4回を残しています
    が、大体流れもつかめ来年の後期が楽しみです。

    今年の8月は、流れもつかめず、切り口も迷い過ぎて、頭を抱える、苦しい日を過ごして
    おりました。習慣、風習、作法、しきたりなど、色々な言葉がありますが、どれも同じよう
    に思えて本当の意味が分かりませんでした。

    儀式作法を考えるキーワードをご紹介いたします。先ず、「歴史」時代の返還です。下鴨
    神社は、紀元前に建立され、世界遺産になっています。私は、2012年に糺の森に献木をし
    ましたので、その木が育つのを楽しみによく下鴨神社に行きますが、そこに佇むと、時間の
    流れを感じ、永遠に続く歴史をイメージできます。色々な守りごとがそこにあります。手水
    鉢で清める作法、御霊に手を合わす作法、長い歴史と共に継がれています。
    「民俗」は、人々の暮らしぶり、生活です。「習慣」は、個人的な約束ごと、「風俗」は、
    その時代の約束ごと(ならわし)、「しきたり」は、古くから伝わって来た約束ごとです。「儀
    式」は、目標達成のための儀式、「礼儀」は、人として敬い慎む行為です。「作法」は、美し
    い立ち居振る舞いで、先様への気配りを基として事を行う方法と心です。
    「儀式作法」とは、表面上の形にこだわることなく、歴史を通して現代まで伝わって来た
    その本当の意味や意義を理解して身につけることだと思います。
    エチケットとマナーとの違いをご存知ですか?マナーは行儀作法で、エチケットが礼儀作
    法です。反対に捉えている人が多いです。テーブルマナーは、食事での行儀作法です。この
    ように説明すると分かりやすいですね。マナーを日本語に置き換えれば、美しく事を行う方
    法と理解しましょう。マナーの出来ている人というのは心得ごとの美学を熟知している人
    です。例をあげるとハンカチを持っているとうのがエチケットであり、ハンカチをいかに美
    しく扱うか、ということがマナーだと理解しましょう。
    和室で、なぜ畳のへりを踏んではいけないのでしょうか?畳のヘリは、高麗へりなどの高
    級織物で作られていることもあり、そこが擦り減ってはいけない、というところからこのよ
    うに言われています。
    また、ヘリには隙間があり、むかしはそこから敵が武器で攻撃してくることも考えられま
    した。つまり、ヘリを踏まないことで身を守ることができるという、ひとつの心得ごとであ
    ったことに由来しています。これを現代的に解釈すれば、自分の身を守るということは、自
    分のための気配り、自分が恥をかかない作法だと覚えていただければと思います。

    作法を心得るための方法というべきものを指導していますが、五感を大切にすることと
    指導しています。目に美しい、耳に心地よい、いい香りであるとか、そういったことを意識
    することが大事だと思います。美しいものを見たり、美しい音楽を聴いたりすることが、作
    法を心得るための方法として最も近道だと思います。
    「ぞんざいな言葉遣い」とは、具体的にどういうことでしょうか?ひと言で申し上げると、横
    柄で、自分勝手な言葉遣いであり、デリカシーのない物言いのことです。京都の暮らしの中
    では、へりくだった言葉遣いというのが長く伝わってきました。へりくだるというのは卑屈
    になるのではなく、相手への配慮であり思いやりでもあります。へりくだることの大切さを
    身につけられては・・・と伝えています。
    では、人を不愉快にさせないために大切なことは何でしょうか?もちろん、人の欠点や弱
    点を指摘したりすることは、必ず避けないといけません。

    気配り、目配り、そしてまわりの音をしっかり耳にすること(耳配り)が大事です。そこ
    からまわりの人に対する思いやりというものが自然と育まれると思います。
    心を磨き、色々な人が残してくださった形を身につける、「和のよそおいと美のしきたり」
    は、私の人間としてのあり方を問いかけてくれる修行の場であり、有難い仕事です。

  • 2018.09.04しぐさの美学

    皆様、今年の夏は炎暑で、気温の40度越えが各地で報告され、信じられない進路を取
    る台風に驚き、地球そのものの「変化」を感じる今日この頃です。そんな夏だっただけに、
    甲子園の若人の活躍に「勇気」「元気」をもらいました。「朱夏」ですね。

    叔父が8月16日に亡くなりました。私の高校の卒業式の記念品の桜の苗を自分の工場の
    庭に、大木に育ててくれた叔父でもありました。私は高校の1年間位、叔父の息子たちの家
    庭教師をしていました。「指導」・・・現在の仕事のルーツです。私をとても信頼してくれて
    いた「証」です。

    最近の私は、父、叔母、叔父と別れを重ね、「後悔のない生き方するように!」というメ
    ッセージを心に刻めたように感じます。いつこの世に別れを告げるその日が来ても、「もう
    思い残すことはない」と言い切れる、潔さに気づき、それを目指して日々を過ごしています。

    後期は今年も短大で「しぐさの美学」を担当します。この科目は、今年で3年目になり、
    「進化」を実感したく、準備に精を出しています。「しぐさの美学」は、流れとしてマナー
    の「心と形の調和」につなげていくのですが、“しぐさ”は、本音であり、心理学の要素を含
    みます。

    「目は口ほどにものを言う」とか「目は心の鏡」という言葉があります。目や視線は。そ
    の人の心理状態をよく表わしていますから、目から相手の心理を読み取り、コミュニケーシ
    ョンに活かすことができるのです。

    目が左上を向いているのは、過去の体験や前に見た風景を思い出している目の表情なの
    です。目が右上を向いているのは、今まで見たことがない光景を想像していたり、ウソをつ
    こうとしている目の表情です。

    白いキャンパスをイメージしてください。そこに自分に関係する人物を描いてください。
    多くの人は、左に過去に出会った人物を描きます。右に行くほど未来に出会いたい人物を描
    きます。

    だれかに「あなたは、今日の朝、何を食べましたか?」と聞いてみてください。答えてい
    る人の目が右上を向いていたら「ウソ」かも知れませんよ。過去の質問をしているのに、未
    来をイメージしているからです。左上を見ながら考え、答えたらば、「当たり!」。

    「しぐさの美学」タイトル「目の動きから分かる話すときの心理」の一部です。視線を下
    にそらしているとき、気が弱く、相手を怖がっているときです。視線を右か左にそらしてい
    るときは、相手を拒否している、あるいは、好意を持っていないという目の動きです。視線
    が左右にキョロキョロ動くとき、落ち着かなかったり、不安感があるなどのときで、色々な
    考えをめぐらせているときです。

    さて、あなたの視線は、今どんな動きをしていますか?

  • ブログ・日記2018.06.11感情と仲良くするツボ・コツ・ポイント

    皆様、梅雨に入りましたね。お変わりございませんか。今回は、「感情」についてお話し
    ます。「感情、その心は・・・」が理解できれば、もっと心が軽くなり、日々を楽しめると
    思います。参考にしていただければ幸いです。

    1.私は「かなしい」と感じた 「かなしい」は、大切なものを失ったときに感じる感情。
    そのものが大切であればあるほど深く感じる。感じることで心のキャパシティを広げてく
    れる感情です。
    男らしくあるためには、「泣くな」「黙れ」と、悲しみの表現を禁じられることがあります。
    ですが、「悲しい」を感じないでいると心は狭く、固くなって、自分自身にも他者にも残酷
    で残忍になります。あなたは「悲しい」とお友達だから優しく、あたたかいのですよ。

    2.私は「恥ずかしい」と感じた 「恥ずかしい」は品位をつくる感情です。自分
    自身の素の姿を他人に開示するときに感じます。品格が磨かれていると、素の姿に恥ずかし
    さを覚えます。こんな人に、なりたいとか、こんな風に人に優しくなりたいとか理想があれ
    ば、素の自分に出会って、襟を正す謙虚さが生まれます。恋する人に「好きです」と告白す
    る時に大いに感じる感情です。感じることで、相手を配慮した謙虚さ、品位のある表現が生
    まれます。
    ところが、感じないと破廉恥なことが平気でできる「恥ずかしい」人になります。電車で
    化粧するような破廉恥な、品位の欠如した恥ずかしい人間になっていきます。

    3.私は「疲れた」と感じた 「疲れた」は自分の無理を知らせてくれる感情です。感
    じることで自分の限界を知ることができます。「もう今日はここまで」と自重します。感じ
    ないと無理を抱え込み際限なく頑張ってどんどん自分を追い込んでいきます。いつか自分
    の能力のなさを恨み、被害者意識も膨らんでいきます。「何で私ばかりが・・・」結果とし
    て責任のとれない無責任な人間になっていきます。

    4.私は「楽しい」と感じた 「楽しい」はそんな状況にあっても、自分を解放してく
    れる感情です。この感情だけで生きていきたい気もしますが、「怒り、悲しみ」「苦しみ」を
    感じないでいると「楽しい」感情を味わうことが出来なくなります。さまざまな感情を感じ
    て、今を生きているからこそ楽しさを感じる幸せにつながっていきます。

    5、私は「寂しい」と感じた 「さみしい」は他人を求める感情です。感じることで新
    しい出会いを求めていきます。感じないと孤立します。特に親子関係をはじめ家族のなかで
    は「さびしい」と感じることでお互いがそれぞれの自立を育んでいきます。家族問題でこじ
    れていると病んだ安定の中に居続けます。さびしい家族になってしまいます。

    6.私は「こわい」と感じた 「こわい」は、安全を守る感情です。過去に痛い体験を
    していると、同じような状況で恐れから、からだがすくんだりして、用心深く行動できます。
    感じないでいると、こわいものにどんどん近づいていったり、こわいもの知らずの傍若無人
    のふるまいをします。「こわい」人になります。

    7.私は「好き」と感じた 「好き」はかかわっていく感情です。感じると近づきた
    くなります。とりこみたくなります。そうして、「好き」は自分の一部になります。好きな
    人のことで頭がいっぱいになります。そこから先、適度な距離がとれる関係を作るには、
    「NO」が必要になってきます。

    8.私は「NO・いや」と感じた 「NO・いや」はムリのない適度な距離をつくる感情で
    す。どんな親しい間柄でも、人と人との違いを認める感情です。よく似ていても、基本的に
    ひとり一人違っています。親密な関係とは「好き」と「NO・いや」と感じないと、相手の
    言いなりになるか、相手とかかわらないように、関係からひきこもることになり、距離の取
    れない息苦しい関係に陥ることになります。

    9.私は「緊張する」と感じた 「緊張する」は、自分の力を発揮するときに自分を応援
    してくれる感情です。発汗、発熱、紅潮、震えなどという身体のメッセージがあらわれるの
    は、十分力を注げるよう、余分な力を体外に出そうとする自然なからだの働きです。押さえ
    ようとすればするほど、感情は暴れるので、深呼吸して、感情を感じ受け入れ、「私は緊張
    して、ドキドキしています」とことばにして出すのが感情への機能的な対処法です。

    10.私は「腹が立つ」と感じた 「怒り」は、<~したい><~してほしい>と欲求不満
    をあらわす自然な感情で、それ自体は恐ろしいものではありません。キレたり、タメたり、
    コモったり・・・一般に恐れられている「怒り」とは、さまざまな感情が抑圧された状態で
    の「不健康な怒り」のことです。「怒り」をしなやかなステップで表現できるようになるの
    が精神的自立です。

    11.私は「不安」と感じた 「不安」は期待と釣り合う感情です。期待がふくらむほ
    ど、「不安」もふくらみます。「不安」を押しこめようとすると、他の感情と同様、「不安」
    は余計にふくらみ手に負えないほど暴れます。幻想としてふくらんだ期待を現実サイズに
    すれば、「不安」は消さなくても手に取って扱えます。
    「不安」を受けいれないで、場当たりしだい垂れ流すと「不安のドミノ倒し現象が起きま
    す。自分の「不安」と他人の「不安」を見きわめる境界線を意識しましょう。

    希望が伝わりましたか。では、またお話しましょう。

  • ブログ・日記2018.05.18美点凝視の演習

    専門学校で、「人間関係学」を指導しています。この授業で色々な人と上手にコミュニケーションできるセンスを磨いていただきたいと希望しています。人間関係において、自分の良さをどれだけ受け入れられるかが大切だなと痛感しています。自分に対する期待感と言ってもいいと思います。希望ですね。

    「私ってどんな人?」この問いに対しては、難しく、正解はないように思います。積極的な自分がいるし、正反対の消極的な自分に出会ってがっかりもします。ころころ変わる心に悩まされます。この世に別れを告げる瞬間、「こんな人間だったなあ~」と分かればいいのかも知れませんね。
    授業で1分間生徒さんに時間を差し上げて、自分の美点 セールスポイントを項目で表現してもらいました。例えば、「笑顔が素敵」、「リーダーシップがある」、「輝いている」、「上品である」、「謙虚である」などです。

    私も一緒に書きながら気づくのですが、これらは、自分に対する“期待”だと思います。45.5%笑顔が素敵でなくても、1%勝って55,5%笑顔が素敵だと期待できらら、美点として書けるのかなと思います。元気であると、元気でないと50%と50%だと釣り合ってしまいます。どちらかを断定できません。しかし、1%でもどちらかが勝っていると元気だと希望ができます。勿論100%笑顔が素敵でいたいでのすが、でも、「笑顔が輝いているようになりたい」と願っているとだんだん100%に近づいていける気がします。

    私は、1分間で15項目書きました。「面白い」「情熱がある」「素直である」「謙虚である」「明るい」「努力家である」「愛がある」「希望がある」などなど。生徒さんは、多くて5項目でした。1%の“期待”でいいのです。100%になってから認めるのでなく、49.5%か50.5%か、どちらに重きをおいているかでいいのです。希望があるかないかの違いです。希望が勝ると、心が豊かになります。失敗して落ち込んでいるときは、“期待”が萎んでしまいます。だから自分を否定したくなり、自分のいい所が見えなくなってしまいます。“期待”できる自分になるまで待てばいいのです。 “期待”できるようになると自分のいい所がクローズアップしてきます。

    自分を肯定的に受け入れることが上手になると、相手を肯定的に受け入れることができるようになります。自分も相手にも“期待”できる人です。人間はセールスポイントとウィークポイントがあります。課題ばかりを見てしまうと“希望”が消えます。悪い点凝視でなく、美点凝視が人間関係にはとても重要です。自分の美点を凝視できる人が、相手の美点を凝視できる人です。すると相手からも美点を認めてもらいやすくなります。お互いの心が豊かになり、お互いを認め合うチャンスが生まれます。

    さて、さて、あなたの美点は?自分をどうでもいいと思っている人が相手を慮ることはできません。自分を受けいれ、相手に期待できる心の豊かさ、これが人間関係のツボ、コツ、ポイントです。皆様のことを期待していますね!

  • ブログ・日記2018.04.20役割認識と自己責任

    「人間関係学」の授業のことです。AさんとBさんを決めて演習をしてもらいます。話すのはAさんです。聴くのはBさんです。話すテーマは、「私の楽しかった、嬉しかった思い出」です。
    聴くBさんに役割を演じてもらいます。腕組をして視線を天井か床に外して、アイコンタクトをしないでくださいと。相槌も禁止です。ただし、聴く心は大事にしてくださいねと指示します。
    ざわざわする中で2分間が過ぎると次は、Bさんが話をする役、Aさんが聴く側になり、役割を交代してもらいます。
    ペアーで、話す、聴くの両方の役割を経験して、お互いにどんな気がしたかを話し合ってもらいます。話す役割の感想です。「話す気持が失せて、義務的に話をしないといけないので、楽しくなかった」「2分間が長く感じて、つまらなかった」など。聴く役割の感想です。「相手は話しづらいだろうなと余計なことばかり考えてしまって、集中して話が聴けなかった」など。
    私は、教室を、ストップウォッチを持って回るのですが、役割認識の薄い生徒が80%いることに驚きます。聴く側は、目線を合わせてにやにやしている、笑いながら相槌を打つ等、話す側もテーマを度外視して、ルールが守られていないのです。
    聞き方、話し方がテーマですが、それ以前に、役割認識の甘さが、私の指導テーマになります。腕組をすると威圧感を抱かせるし、感じが悪いのです。こんな聞き方の人に話をするとどんな気がしますか?気づかせる役割を持つべきなのです。その認識が甘いといい加減になります。20%の感じ悪い役を徹底して演じている生徒さんが輝いて見えます。
    コメントシートに、「聴く時に、笑ってしまったり、しゃべってしまったことが、だめだな~と思いました」と生徒が書いています。うんうんと私がコメントに頷きながら、色々な軌道修正を生徒さんにしてもらっています。
    「役割をしっかり認識しないと意味のない時間を過ごすことになるんですよ!」愛を込めて生徒さんと対峙している私に拍手です。

  • ブログ・日記2018.04.20生徒さんと心と心のキャッチボール

    4月に入り、短大、専門学校の授業が始まりました。前期は、「人間関係学」と「サービスプロモーション」です。
    「人間関係学」は、“コミュニケーションスキルアップ検定”の合格という明確な成果も期待されています。これは、私のモチベーションにもつながり、遣り甲斐を感じます。
    私は、「気づきシート」を毎回の授業で提出することを課せています。そこに私が毎回読んでコメントを書きます。生徒さんと私との“交換日記”でもあるのです。
    手を挙げて発表できない生徒さんの問題解決にもつながり、生徒さんの心の部分のケアーもできます。
    先週こんな質問に出会いました。「自分の言いたいことを人に言えないし、人の顔を見て、その人の機嫌を見て会話をしています。それに人の名前と顔を覚えるのも苦手です。どうすれば先生のように上手に話せるようになれますか」と書いている生徒さんがいました。
    私の回答は、「私は、中高時代赤面症で、自分の言いたいことを人に言えませんでした。
    こんな私ですが、飛行機の中で接客したいという夢を持っていました。CAは、コミュニケーションが仕事です。私は夢を諦めたくないので、1対1の会話、1対2の会話と徐々に慣れていきました。一つ大事なことは、課題を明確にして自分との約束にするのです。『私は何か質問はありますか?』と聞かれたら、『はい』と手を上げて、何でもいいから話すことを自分に課せました。ある時は質問がなかったのですが、『とても参考になりました。ありがとうございました』と答えましたよ。このようにコツコツ努力することがコツです」
    名前は、イメージで覚えることです。『学校のエレベータに赤いカーディガンを着て、4階まで一緒だった中村さん!』などです。是非、実践してくださいね」と書きました。
     次の授業のことです。私が終わりに、『何か質問はありますか?』と聞くと、質問を書いた女性の生徒さんが、手を上げて、一生懸命話してくださいました。素敵なチャレンジに心が熱くなりました。
     私が感動するのは、私の伝えた大事なキーワードを全員が書かれるのです。先週は、『相手と過去は変えることはできないが、自分が変わることで相手が変わる可能性が出てくる』このフレーズは全員が書かれていました。
     私が状況に応じてカメレオンのように変化しながら、生徒さんをより良く感じのいい人に変えていきたいと思います。